
日本アルティメットの現在地と五輪メダル獲得へのロードマップ 〜日本代表本部長 和田貢一氏〜
2018年10月27日、日本フライングディスク協会から「アルティメット 日本代表本部」の発足とその活動方針が発表されたことをご存知の方はどれくらいいらっしゃるでしょうか。
2018年のアルティメットクラブチャンピオンズリーグが開催された静岡県富士市のホテル会議室で行われた「日本代表本部」の活動方針説明会は、同時にTwitterを通じてライブ配信されました。しかし、アルティメット関係者の中でも、その実態や活動内容、さらには活動のゴールなどを理解されている方は多くないのが実情でしょう。
そこで今回、発足以降「アルティメット 日本代表本部」の”本部長”として一連の活動を指揮している和田貢一氏にお話を伺いました。現在の日本のアルティメット界の立ち位置と、日本代表本部が目指す未来について、多くの人に知っていただければと思います。
(FDT編集長:仙田)
Profile
日本代表本部長
和田 貢一
Koichi Wada
1977年11月15日生まれ
日本体育大学Barbarians 出身
ノマディックトライブ所属。背番号#7
<主な日本代表歴>
2000年 世界アルティメット&ガッツ選手権大会(ドイツ) オープン部門 8位
2004年 世界アルティメット&ガッツ選手権大会(フィンランド) オープン部門 5位
2007年 アジア・オセアニア アルティメット選手権大会(台湾) ミックス部門 監督兼キャプテン 1位 金メダル
2008年 世界アルティメット&ガッツ選手権大会(カナダ) ミックス部門 監督兼キャプテン 2位 銀メダル
2011年 アジア・オセアニア アルティメット選手権大会(台湾) ミックス部門 監督兼キャプテン 1位 金メダル
2012年 世界アルティメット&ガッツ選手権大会(日本/大阪 堺) ミックス部門 監督兼キャプテン 3位 銅メダル
2015年 アジア・オセアニア アルティメット選手権大会(香港) ミックス部門 キャプテン 3位 銅メダル
2016年 世界アルティメット&ガッツ選手権大会(イギリス/ロンドン) ミックス部門 キャプテン 6位
2017年 ワールドゲームズ(ポーランド/ヴロツワフ) アシスタントコーチ 5位
2019年 アジア・オセアニア ビーチアルティメット選手権大会(日本/和歌山 白浜) 総監督 ウィメン部門1位 金メダル、メン部門・ミックス部門2位 銀メダル
これまでにオープン部門(現 メン部門)やミックス部門で日本代表として世界大会に出場。ミックス部門では3大会連続でキャプテンを務め、2度のメダル獲得時には監督兼キャプテンとして貢献。またこの他に、4年に一度の世界クラブ選手権には、オープン部門で7大会連続出場している。

2012年 大阪・堺で開催された世界大会にはミックス部門の監督兼キャプテンとして出場し、銅メダル獲得を果たした。
Interview
「日本代表の五輪出場とメダル獲得」が日本代表本部のゴール
―今日は時間を作ってくださりありがとうございます。よろしくお願いします!
こちらこそよろしくお願いします!
―早速ですが、そもそも「日本代表本部」はどういった経緯で発足したんでしょうか。
公に発表されたのは、2018年10月27日の活動方針説明会が最初です。ただ、私自身が日本フライングディスク協会から「日本代表本部発足」と「本部長就任」の打診を受けたのは、同年9月の全日本マスターアルティメット選手権大会の日でした。
私自身、この前年の2017年にワールドゲームズにアシスタントコーチとして参加しており、協会の方々とは当時感じていた危機感を話していました。もちろんその段階では「日本代表本部」の話や私が本部長のような形で中心となることは考えてもいませんでしたが、過去に選手として、キャプテンとして、コーチとして世界大会に出場してきた経験を買っていただいての打診だったんだろうと理解して、「自分がやらなければ誰がやるんだ」という気持ちで引き受けました。
その後、信頼を置ける現日本代表本部のメンバー三浦さん、岡田さん、藤岡さん、阿部さんに声をかけさせてもらい、私を含む5名のメンバーで日本代表本部を発足しました。現在、三浦さんにはアンダー世代担当、岡田さんはA代表メン部門監督、藤岡さんはA代表ウィメン部門監督、阿部さんはA代表ウィメン部門コーチを担当していただき、全員が現場での重責も兼任しながら、様々な角度から強化を図っております。
―ありがとうございます。2017年のワールドゲームズ時点で感じていた「危機感」は、具体的にはどういうものだったんですか?
これまで選手兼任の指導者としてチームに関わることはありましたが、2017年のワールドゲームズは私自身としては初めて専任でコーチをすることになって、いつもとは違う形で日本チームと関わりました。そうした中で、選手たちは全力を尽くして頑張ってくれましたが、結果は5位。日本の力が落ちたという印象よりも、「他国が日本以上に強くなっている」と感じたのが1番の危機感かもしれません。当時、協会の方々とは、オリンピックでの種目入りを目指す中で、日本がオリンピックでメダル獲得を目指すのであれば現状の他国の成長に対して劣っていてメダル獲得が厳しいかもしれないという危機感を話したと記憶しています。
―そういった中で発足した「日本代表本部」は何を目指して活動しているのでしょうか。
ゴールは明確で、「日本代表が2028年のオリンピックに出場し、メダルを獲得する」ことです。もちろん、2028年の競技種目としてフライングディスクが入ると決まったわけではありませんが、種目に選ばれたとしても日本代表が本戦に出場できなければいけませんし、その上でメダルを獲得することが重要だと考えています。
―そのために普段どんな活動をされているのでしょうか。
正式な「会議」は1〜2ヶ月に1回程度、日本代表本部のメンバーと協会関係者が集まって開催されています。会議は朝9時から始まり、ランチタイムもご飯を食べながら話し、夕方5時ごろまで1日がかりです。「日本代表が2028年のオリンピックに出場し、メダルを獲得する」ことをゴールとしているので、議題は本当に多岐にわたります。
例えば、「次回ワールドゲームズ、U24のスタッフは誰にするか」「ビーチアルティメット代表の選考方針はどうするか」「U20の大会結果と所感についての振り返り」「ルール変更についての意見交換」「代表選手のSNS活用についての意見交換」「A代表と世代別(U24など)代表の間でのコミュニケーションについて」「A代表選手のDivision毎の情報共有」「世代別強化方針」「合宿の選手負担軽減案」「トレーナーについて」「トレーニングやセルフケア」などなど、、、
現在の日本代表や日本のアルティメットについて「オリンピック出場、メダル獲得」を達成するために必要な議論や意見交換を常に行っているイメージです。
また、会議だけではなく、実はほぼ毎日グループチャットで意見交換や情報共有を行っています。ほぼ毎週、どこかで何か代表合宿や大会が開催されているので、そういった活動の状況を常にアップデートしています。ただし、リソースにも限界があるので、必ずプライオリティーを付けさせて頂いており、今年はA代表とU20代表にフォーカスしてます。今年は、マスター日本代表も世界大会があるのですが、こちらの大会は幹部を決めさせて頂いて、活動に関しては幹部にハンドオーバーさせてもらいました。中途半端に口出しをするくらいなら、代表としての規則を守っていただければお任せしようと判断しました。マスターの皆さんが理解してくれた事には感謝したいです。

2017年のワールドゲームズで感じた危機感から、日本代表本部発足への動きが始まった。
代表本部発足後の着実な成果と変わらぬ危機感
―現在の日本のアルティメットの現在地について教えてください。
世界フライングディスク連盟が公開している世界ランキングでは日本は5位ですし、これまでの世界大会でもメダルを獲得してきた実績があります。2016年にロンドンで開催された世界大会ではメン部門が銀メダルを獲得しました。
また、日本代表本部発足後に限って言うと、2019年アジア・オセアニアビーチアルティメット選手権大会でウィメン部門が優勝、メン部門とミックス部門が準優勝。また、同2019年のU24世界大会でメン部門4位(前回6位)、ウィメン部門準優勝(前回5位)、ミックス部門準優勝(前回準優勝)、A代表アジア・オセアニア選手権でメン部門優勝(前回優勝)、ウィメン部門優勝(初出場)、ミックス部門準優勝(前回3位)と、全ての大会・部門で前回以上、あるいは維持する結果となりました。
こういった結果だけを見ると、現時点で日本はオリンピック出場はもちろん、メダル獲得も狙える位置にいると思っていますし、日本代表本部としての活動は間違っていないのだと捉えています。
―先ほどの「危機感」と言う点に関しては現時点でどう捉えていますか?
2017年に感じた危機感は今でも持っています。日本が成長していくことはもちろんですが、同じように、あるいは日本以上に他国も成長していきます。また、近年は世界大会への参加国も増えてきており、ノーマークだった国が上位に進出することも出てきています。発展途上のアルティメット、フライングディスクと言う競技では、これからオリンピック競技種目入りまで時間があるので油断ができないと思います。
また、ワールドゲームズで5位だったことに関していえば、ミックス部門での「ウィメン」のレベルが変わってきていると捉えています。これまで日本の女子のレベルは世界的には高く、男女混合で試合をするミックス部門においても、他国との女子のレベルの差は大きかったため、優位に試合を進めることができました。しかし、世界的に女子のレベルが上がっているほか、特にミックス部門においては、一度に出場できる女子の人数が3〜4人となるため、3〜4人のハイレベルな選手がいれば差がつきにくくなってきます。
さらに、現在のワールドゲームズでは選手枠が少なく、男子も女子もそれぞれ10名以下の選手で構成されます。そのため、例え全体的なレベルが高くない国であったとしても、少数精鋭でミックス部門に戦力を集中させて戦うことが求められるワールドゲームズでは、今までのように女子の差を生かして戦うことができなくなると思います。オリンピック種目に入るとしたときに、ワールドゲームズ同様ミックス部門で少人数の選手枠になることが可能性としては高いことを考えると、これまで通りというわけには行かないと思っています。

2016年の世界大会でもミックス部門キャプテンとして出場。過去多くの大会を通して、日本や世界の変化を身をもって体感してきた。
「ユース世代の育成」と「継続的な代表活動」が鍵
―そうした危機感に対して、具体的にどのようなことに取り組んでいくべきだと考えていますか?
これまで続けてきた強化の取り組みに加えて重要だと考えているのは「ユース世代の育成」と「継続的な代表活動」です。仮に2028年にオリンピック種目として無事に採用されたとして、現在のU20,U24世代は8年後にまさに油が乗り切っている世代です。そう考えるとこの世代が今から高いレベルの基礎を身につけ、日本を牽引していくことが重要です。
そのために、今年のU20世界大会に向けた代表選考合宿では、もちろん「選考会」という側面も重要視しつつ、「育成」という点にもフォーカスしています。育成するにあたり、本部では「最高の指導者を置く必要がある」と考え、メン部門に玄島監督、ウィメン部門に三井監督に就任してもらえた事は大きな一歩でした。また、今回のU20チームのテクニカルアドバイザーとして、過去日本代表として活躍してきた藤井靖宜氏を配置しました。日本代表本部からは私自身とアンダー世代担当の三浦氏も合宿に足を運びながら、技術レベルの向上と世界で戦う日本代表としての心構えの醸成に取り組んでいます。
近年、若い世代を中心にスローのレベルは上がってきていると思っていますが、将来的に世界で戦う上でやはり自分が重要だと考えている基礎は「ディフェンス」、とりわけ「マンツーマンディフェンス」は要だと思っていますので、この点に関しては口を酸っぱくして指導しています。また先日の合宿では、「スローオフ」にフォーカスをして、藤井氏を中心に「どうしたらいいスローオフを投げられるのか」を指導しました。これまで代表活動でこう言った点に時間を割いたことはなかったと思うのですが、いいディフェンスはいいスローオフから始まります。同時に「スローオフダッシュ」も常に意識するよう指導することで、ユース世代から高いレベルのスローオフとスローオフダッシュを当たり前にしていきます。こう言った細かい点も蔑ろにはしないようにしています。
―ありがとうございます。「継続的な代表活動」についてはどういう取り組みをしているんでしょうか。
日本代表活動において、世界大会が行われる4年に一回の1年程度だけではなく、大会がない期間も代表活動を継続的に行って、その中に若い世代や新たな選手を混ぜていくことが必要だと思っています。
これは、若い世代を成長させていくということも狙いですし、トップ選手のレベルを上げることも狙いです。これまでの代表活動の一つの課題として、代表チームが国内で高いレベルの相手と試合をすることができないことがありました。また、仮にトップチーム同士で試合をしたとしても、何年も同じ相手と試合をし続けているため、お互い手の内がわかってしまっています。レベルが拮抗していたり、自分たちよりレベルが高かったりする相手、しかも手の内がわからない相手に対してどう対応するかは、これまでは世界大会本番でしかなかなか経験することができませんでした。
その中で、特に以前実際に行って効果的だったと思っているのは、オーストラリアとの国際親善試合です。特にミックス部門は国内では高いレベルの相手と試合をすることが難しいですが、2017年のワールドゲームズ前に行った国際親善試合ではオーストラリアが招待をしてくれて、実戦の機会を作ることができました。
近年レベルが上がっているフィリピンをはじめとしたアジア・オセアニアの代表チーム同士であれば、北米やヨーロッパに行くよりも金銭的にも距離的にも負担が少ないですし、アジア・オセアニアで一緒になってレベルを上げていくことにも繋がると思っているので、そういう場を増やせると理想だと思っています。
―今後、代表活動の機会が増えていくとして、どういう選手を積極的に召集したいと思いますか?
やっぱり人と違って1個がものすごく秀でている選手は魅力的ですね。ずば抜けて足が速いとか、ずば抜けて上競りが強いとか、ずば抜けてスルーザマーカーが上手いとか、ずば抜けてディフェンスがすごいとか、キャッチがやばいとか。そういう選手は見ていて面白いし、期待ができるなと思います。満遍なく上手な人よりは、何か輝くものがあれば、特に代表チームではその1個さえあれば他のレベルが少々低くてもいいと思っています。上手な順にメンバーを選ぶわけではないので、スペシャリスト的な選手には興味を持つだろうなと思います。また、何か得意な武器を持っていれば本人にとっての自信につながり、成長スピードが速くなると考えてます。なぜならば、ある程度のレベルに達していれば最後に重要なポイントは「メンタル」になるからです。そういった意味で、「1個がものすごく秀でている選手」は魅力的だと思います。

2017年に行われたオーストラリア代表との国際親善試合の様子。
「自分がやらなきゃ誰がやるんだ」
―普段、お仕事もあってご自身の生活もあってお忙しい中、代表本部としての活動に時間を割く熱量、エネルギーはどこから湧いてくるんですか?
全然無理してやっている、やらされているという感覚は全くなくて、おこがましいですが「自分がやらなきゃ誰がやるんだ」って想いが強いですね。自分はトッププレイヤーではなかったかもしれないですが、今の日本の中で世界を長い期間ずっと見てきたのは自分だと思うので、その経験とか考え方とかを伝えられるのは、自分が一番できるのかなと。実は今質問をされるまであまり深く考えたことがなかったんですが、こういうことをたぶん自然体で思っています。
1個あるとすれば、今もまだ選手として現役でやっているつもりだけど、どうしてもチームの練習に参加できなくなってきていたりするので、自分が選手として代表入りたいとか試合したいとかっていう想いは正直あります。
ただ、やっぱり自分の経験を活かすという意味で日本代表本部長としての活動は自分がやっていきたいと思っています。選手としての想いもありますが、選手として以外に新しい目標として、「日本のオリンピック出場、メダル獲得」というのができたので、そこに向けてやっていきたいですね。正直オリンピック種目になるかならないかは誰にもわからないですが、本当に実現した時に「出場」と「メダル獲得」をできるチームを作ることが今できることだし、自分がやるべきことだと思っています。誤解をしないようにお伝えすると、もちろん2020年のA代表の世界大会でも結果に拘っていますよ。
―ありがとうございます。では最後に、日本のアルティメットプレーヤーにメッセージをお願いします。
今後、日本代表を目指したい、A代表になって世界―にチャレンジしたいと思ってくれる人が増える事を願っております。特に伝えたいこととして、「挑戦をすれば、成功もあれば失敗もあります。但し挑戦をしなければ成功はありません」ということです。
日本代表として責任・誇り・覚悟を持って活動を行い、世界で戦って参ります。日本のアルティメットに関わる皆様方に、希望・想い・感動を伝えられたら嬉しく思います。是非、応援を宜しくお願い致します。

2018年世界クラブ選手権でプレーする様子。世界クラブ選手権への7大会連続出場は世界でただ一人。様々な立場で世界大会を経験してきた。